自分の中の「子ども心」の世話をする
自分の中の、放って置かれた「子ども心」
あなたの中に、
放って置かれている「
子ども心」は、ありませんか?
あなたに、
相手にされず、無視され、放って置かれている、
「
子ども心」は、
あなたに
協力的ではない、はずです。
放って置かれている「
子ども心」は、
あなたに
断りなしに出てきては、
何かをやらかし、
あなたの、
手に負えなかったり、
あなたを、
不快な気分にさせたりします。
そんなときの自分は、
今の
大人の自分に
ふさわしくなくて、
子どもじみていて、
子どもっぽい、と感じるでしょう。
なぜなら、それは、
大人のあなたではなく、
あなたの中の「
子ども心」の
シワザだからです。
大人のあなたは、引っ込んで、
あなたの中の「
子ども心」が、
出てきている状態だからなのです。
さて、あなたの中には、そんな、
放って置かれている「
子ども心」は、ありませんか?
放って置かれた「子ども心」に気づく
あなたの中に、
放って置かれている「
子ども心」は、ありませんか?
あなたは、自分の中の「
子ども心」を、
嫌って、
じゃま者扱いしたり、
諦めて、
ほったらかしにしてはいませんか?
大人のあなたと、その「
子ども心」との、
友好的な関係を築かない限り、
大人のあなたは、
その「
子ども心」に、
困らせ続けられることになるでしょう。
まずは、
大人のあなたが、
自分の中の「
子ども心」に、
気づきましょう。
自分の中の「
子ども心」の
存在を、
認めましょう。
今はまだ、
あなたにとって、
手に負えない、
困り者の「
子ども心」かもしれません。
しかし、
自分の中の「
子ども心」に
気づき、
その
存在を
認めることが、
「
子ども心」との、
友好的な関係を築くための、
第一歩となるのです。
「子ども心」に、そっと挨拶
今まで、放って置かれた、
自分の中の「
子ども心」に、気づいたあなた。
その子のことを、知りましょう。
もちろん、
その子は、
あなた自身なのですが、
今のあなたではなく、
過去のある時点における、
あなたなのです。
今の大人のあなたを、困らせている、
その子のことを、
思い描いてみてください。
少し離れた所から、眺めるように、
その子のことを、
想像します。
その子は、
いくつですか?
その子は、どんな
表情をしていますか?
その子は、どんな
格好で、
どんな
しぐさをしていますか?
その子に、何か
口癖はありますか?
その子のことを、
想像できたら、
大人のあなたは、
その子の存在に気づいたことを、
その子に、
伝えてください。
まだ、あまり近づいてはいけません。
その子を、
驚かせたり、
怖がらせたりしないように、
最初は、
そっと挨拶するだけにしておきましょう。
実際に、
声を出してもよいし、
心の中で、
語りかけてもよいのです。
「子ども心」の育ての親となる
今まで、放って置かれた、
自分の中の「
子ども心」に、気づいたあなた。
その子のことを、
想像し、
その子に、そっと
挨拶できましたか?
その子のようすは、どうですか?
大人のあなたが、
挨拶したら、
何か
変化は、ありましたか?
その
変化を、注意深く、見てあげてください。
その子を、
守り、
世話するのは、
もちろん、
大人のあなたの
役目です。
あなたはもう、
その子を、
放って置いたり、
人任せにしたりはしません。
これからは、
あなたが、
その子の
育ての親となるのです。
大人のあなたは、
その子に、伝えてください。
これからは、
守り、
世話することを。
もう、
ひとりぽっちにしないことを。
あなた自身の言葉で、伝えてください。
その子に向かって、
実際に、
声を出してもよいし、
心の中で、
語りかけてもよいのです。
あなたが、
立派な
育ての親になれるかどうか、
心配する必要はありません。
育ての親として、
やっていける
自信がなくてもよいのです。
大事なのは、
その子の
育ての親になろう、という気持ちです。
「子ども心」の言い分は…
自分の中の「
子ども心」の、
育ての親になると、決めたあなた。
その子の
言い分を、
聞いてみてください。
大人のあなたが、勝手にこうだろうと、決めつけず、
その子自身に、
尋ねてください。
その子に向かって、
問いかけてみてください。
ずうっと
満たされずにきたことが、あるはずです。
その子が、
訴えたいことは、何なのでしょうか?
その子は、
どうしたいのでしょうか?
その子は、
どうしてほしいのでしょうか?
「そんなことは、ない」とか、
「そんなこと、できる訳がない」とか、
「そんなこと、思っちゃいけない」などと、
批判したり、
非難したりせず、
その子の
言い分を、
聞いてあげてください。
問いかけても、
なかなか、
答えてくれないこともあります。
そんなときは、時間を置いたり、日にちを置いたりして、
また、
問いかけてみましょう。
けれど、
じれったくなって、
問い詰めたりはしないでください。
その子は、今まで
放って置かれたのですから、
急に
尋ねられても、
答えられないのです。
優しく、
優しく、
尋ねてください。
そして、
その子の
言い分を、
大人のあなたが、しっかり
理解してください。
「子ども心」を満足させる方法を練る
自分の中の「
子ども心」の言い分を、
理解したあなた。
さて、ここからは、
その子の、
育ての親として、
大人のあなたの
腕の見せ所です。
その子の
言い分を、
いかに
満足させることができるか、
その方法を練ってください。
その子の、
言いなりになることとは、違います。
大人のあなたが、
具体的にどうすればいいのか、
現実に即した
実現可能な方法を、考えます。
基本的に、
子どもというものは、
今すぐ、
全部、を
求めるものです。
しかし、
大人のあなたは、
そうもいかないことを、知っています。
時間がかかったり、
全部は無理、ということを、
知っています。
そしてまた、
だからと言って、すべてを
諦める必要もないことを、
知っています。
大人のあなたは、
時間的な、
見通しを立てることが、できます。
そしてまた、
部分を
積み重ねて、
全部に近づけることが、できます。
さあ、
その子の
言い分を、
満足させる方法を考えましょう。
「子ども心」に、話しかける
自分の中の「
子ども心」を、
満足させる方法を考えてるあなた。
大人のあなたが、
まだ、何も
手を打っていなくても、
すでに、何か
良い変化が、起きているかもしれません。
もし、そうなら、
あなたの中の「
子ども心」は、
大人のあなたに、
気づいてもらい、
大人のあなたという
味方がいることを、知るだけで、
充分なのかもしれません。
子どもは、
大人の味方が、
そばにいるだけで、
見ていてくれるだけで、
安心したりするものなのです。
なので、
「
子ども心」が、また
ひとりぽっちにならないように、
大人のあなたは、これからも時々、
自分の中の「
子ども心」に、
話しかけてください。
「子ども心」の考え方に、惑わされない
自分の中の「
子ども心」を、
満足させる方法を考えてるあなた。
「
子ども心」は、
今すぐ、
全部を、
求めるかもしれません。
そして、「今すぐ、全部でなければ、いらない!」
と言い出すかもしれません。
しかし、それは、
子どもの
考え方です。
子どもは、
時間や
空間の、
把握や
見通しが充分ではないのです。
時間とともに
変化していくことや、
部分の積み重ねが、
全部へとつながるものであることを、
まだ、よく
理解できない場合があるのです。
なので、
子どもにとっては、
今という時間だけが、
すべてだったり、
全部有るか
全部無いか、の
どちらかだけだったり、
するのです。
大人のあなたは、
そのような、
子どもの
考え方には、
決して乗らないでください。
大人のあなたは、
どの
方向に向かっていくのか、
どういうことを、
積み重ねていくのか、
という
見当をつけられれば、それで充分です。
そして、
それを、
時間をかけながら、
ひとつひとつ、
実行していけばよいのです。
大人のあなたが、そうすることによって、
「
子ども心」もまた、
時間とともに
変化していくことや、
積み重ねということを、
理解していくのです。
「子ども心」には、まず与える
自分の中の「
子ども心」を、
満足させる方法を考えてるあなた。
その子の
言い分を、
満足させると、
際限が無いのではないか、
と
不安になってはいませんか?
普段、
禁欲的な人ほど、そういう心配をします。
禁欲的な人は、
いつも、
自分の欲求を、
押さえ込んでいるので、
押さえをはずしたら、
とんでもないことになるのではないか、
と恐ろしいのです。
そして、実際、その
押さえをはずしたこともないので、
想像だけがふくらんで、
恐怖心は増すのです。
そんなあなたからすれば、
子どもは、とても
貪欲に思えるでしょう。
しかし、
子どもには、まず
与えることが、必要です。
子どもは、
自力では生きていけないのです。
子どもは、
与えられて、
育っていくものなのです。
そうやって、自らも
与えられるようになっていくのです。
自分の中の「
子ども心」にも、まず
与えてください。
「子ども心」は、足るを知る
自分の中の「
子ども心」を、
満足させる方法を考えてるあなた。
その子の
言い分を、
満足させると、
際限が無いのではないか、
と、それでも、まだ
不安でしょうか?
いつまでも、食べ続ける
子どもは、いません。
いつまでも、遊び続ける
子どもも、いません。
そして、
いつまでも、眠り続ける
子どもも、いないのです。
子どもは、
お腹がいっぱいになれば、食べるのをやめます。
疲れれば、遊ぶのをやめます。
充分眠った後は、目を覚まして起きます。
子どもは、
充分であると感じたら、
次のことへと、
移っていくのです。
自分の中の「
子ども心」を、信じてください。
ただ、
今まで、ずうっと
放って置いたのを、
これから、始めるですから、
時間がかかることは、
覚悟しましょう。
「子ども心」には、自分が直接与える
自分の中の「
子ども心」を、
満足させるために、
その子の
欲しがっているものを、与えましょう。
その子の
欲しがっているものは、
安全、
安心ですか?
大事にされること、
認められることですか?
それとも、
喜びとか、
楽しみですか?
その子の
欲しがっているものを、
大人のあなたが、与えます。
あなたが、
その子を
守ります。
あなたが、
その子を
大事にし、
認めます。
そして、
あなたが、
その子を
喜ばせ、
楽しませます。
そうやって、
あなた自身が、
直接与えることが、
基本です。
そうやって、
その子の
世話をするのです。
なぜなら、
あなたは、
その子の
育ての親だからです。
直接与えられないときの、次善の策
自分の中の「
子ども心」を、
満足させるために、
その子の
欲しがっているものを、与えましょう。
そのとき、
大人のあなた自身が、
直接与えることが、基本です。
自分ができることは、最大限の
努力をしましょう。
そして、
自分が、直接与えられなければ、
諦めるのか、
と言うと、そんなことはありません。
その次に、打つ手が、
人から、
与えてもらうことです。
しかし、
大人のあなたが、何もしなくてよい訳ではありません。
あなたには、
環境を
調整する、という
役割があります。
周りの人から、与えてもらえるような
環境を、
あなたが、
つくるのです。
あるいは、
そのような
環境の所へ、あなたが
行くのです。
どうやって、そのような
環境をつくればよいのか、
どこへ、
行けばよいのか、
それを考えるのが、
大人のあなたの
役割です。
考えながら、ひとつひとつ
実行しましょう。
まず受け取るのは、大人のあなた
自分の中の「
子ども心」を、
満足させるためには、
その子の
欲しがっているものを、
大人のあなた自身が、
直接与えることが、基本です。
しかし、それができないときは、
他の人から、
与えてもらえるように、
あなたは、
環境を調整することになります。
それで、役目が終わる訳ではありません。
人が、
与えてくれたとき、
まず
受け取るのは、
大人のあなたなのです。
そして、自分の中の「
子ども心」に、
渡されるのです。
大人のあなたが、
受け取らない限り、
その子に、
届くことはありません。
なので、
大人のあなたが、
素直に
受け取ることが、とても
重要なのです。
人が、
与えてくれたとき、
「迷惑をかけた」、「申し訳ない」とか、
「情けない」、「借りを作りたくない」とか、
言ったり、思ったりすることは、
せっかく
与えてくれたものを、
はね返しているのです。
あるいは、その分、
目減りしているのです。
この仕組みに、気づいていないと、
たくさん
与えてもらっているはずなのに、
なぜか、いつまでたっても、
満たされない、
などということが起きてしまうのです。
大人のあなたが、
「ありがとう」、「助かった」と、
素直に
受け取ることは、とても
重要なことなのです。
一発逆転の大物狙いは、ちょっと…
自分の中の「
子ども心」の
欲しがっているものを
人から、
与えてもらう場合は、
大人のあなたが、
受け取ったものだけが、
大人のあなたが、
受け取った分だけが、
その子に
渡すことが、できます。
さて、
大人のあなたが、
受け取るにあたり、
一発逆転を狙って、
「
大物で、一気に
その子を満たそう」
なんていう考えは、やめておきましょう。
大物というのは、そうそう来るものではありません。
すると、
その
大物が、やって来るまで、
「これも、
大物ではない」という
がっかりした気分を、
ずうっと、味わい続けることになります。
そのうえ、その間は、少しも受け取れません。
それよりも、
少しでも、
小さくても、
受け取りましょう。
そして、
その都度、
自分の中の「
子ども心」に、
渡してあげましょう。
地道な努力の積み重ねが、
やがては、
大きな成果をもたらすことになるのです。
与えられたことに、感謝できるのは…
自分の中の「
子ども心」の
欲しがっているものを、
他の人が、
与えてくれたときは、
大人のあなたが、
受け取り、
それから、自分の中の「
子ども心」に、
渡されます。
その子にしてみれば、
与えられるべきものが、
与えられることなく、
今まで、
放って置かれたのですから、
与えられることが、
当然の権利であり、
当たり前だと、思っています。
なので、
その子が、
感謝の気持ちを持つことは、
まず、ないでしょう。
しかし、
大人のあなたには、
そうやって、他の人から、
与えてもらうことは、
ありがたいことだと、知っています。
だから、
大人のあなたが、
与えてくれたことに、
感謝し、
与えてくれた人に、
感謝の気持ちを、表現しましょう。
そしてたぶん、
大人のあなたは、
感謝の気持ちを伝えることが、
また次にも、
与えてもらえる可能性が高まることを、
知っていますよね。
「子ども心」は、不滅です
今まで、放って置かれた、
自分の中の「
子ども心」に、気づいたあなた。
大人のあなたは、
その子の
育ての親として、
その子を、もう
ひとりぽっちにせず、
その子の
欲しがっているものを
与え、
その子を
守り、
世話し続けます。
その子が、
手に負えない困り者から、
あなたの
味方になってくれるまでには、
時間がかかるでしょう。
しかしまた、
世話すれば、するほど、
その子が、
かけがえのない、
かわいい存在と、
思えてくるでしょう。
そうやって、
世話し続けると、
その子は、育って、
大人になっていくのでしょうか。
いいえ、違います。
その子は、
永遠に、
子どもです。
子どものままですが、
もう、不意にあなたを
困らせるようなことは、
しなくなります。
代わりに、
すばらしい
子どもらしさを、
発揮してくれるでしょう。
素直に
楽しんだり、
喜んだり、
感じたりすること、
好奇心、
冒険心、
熱中すること、
びっくりするような
ひらめき、
そういったものを、
その子が、もたらしてくれます。
変化は、少しずつやってきますが、
その
変化に気づいたとき、
あなたは、きっと驚くことでしょう。